馬とのふれあいを通して子どもの心をのびやかに
<一般社団法人 H.u.G. plat遠野>

団体と助成の概要

 

 東日本大震災の沿岸被災地の後方支援拠点となっている岩手県遠野市は、古くから馬の産地として栄え、現在も馬による地域おこしに取り組んでいます。

 同市内で活動するH.u.G. plat遠野(ハグ・プラット遠野)は、馬や馬のいる場が持つ力を活用し、震災後の岩手県でできることはないだろうかと考えたことから活動が始まりました。小さな牧場に、馬を通して元気を回復してきた経験のある仲間たちが集まり、それぞれが身につけている専門性を生かして対応。子どもへの支援を中心にしながら人々が力を回復していくきっかけとなれればという思いで、馬とのふれあいの機会を提供しています。

 

遠野の「馬」の景観地として知られる荒川高原牧場も活動場所の一つ。
豊かな自然の中でのびのびと過ごす馬たち。

 

被災地に出向いて、ふれあいづくり 

 精神保健福祉士等の資格を持つスタッフもおり、副理事長の橋田聖子さんらが「馬との関わりを通して得られる気づきや繋がりを、その人がこれから、生きていく力にしていけるように」と目指しているのは、スタッフらそれぞれが馬の持つ力への確信があったからだと言います。また、活動をサポートする競走馬の調教厩務員の橋田宜長(よしたけ)さんも「人間の一つのコミュニティのなかで自信をなくして、もうダメかもと思ったとき、馬といるとまた頑張れる気がしてくるんです。それが原体験にあるし、子どもも同じことを感じているように思える」と話します。

 震災後、被災地の子どもの楽しみの一つとなれるよう、依頼のあった岩手県や仮設住宅などでのイベント、親子参加のキャンプなどに、馬たちを連れて出かけています。イベント内容に合わせて、馬の手入れや餌やり、馬との「だるまさんが転んだ」などのプログラムを実施。

 対応するのは、馬と関わることを仕事にしているスタッフや、馬と親しみがあり実際に福祉や医療現場等で対人援助職についているスタッフなどです。より専門的な活動ができるよう、人材育成にも積極的に取り組んでいます。他県で同様の活動を行っている団体への視察や研修をはじめ、外部講師を招聘しての勉強会も開催。馬のケアやバラエティに富んだふれあいのプログラムづくりを身につけることはもちろん、子どもに成功体験を持ち帰ってもらえるような接し方や声がけの仕方を学んでいます。

 

自分より大きな生き物と通じ合えた感覚に感動がある。
また、馬の体温が37~38度と温かいのも、ほっとするところ。


馬との距離感から学ぶ、協調性や思いやり

 イベント会場に馬を連れて行くと、「お馬さんが来た」と笑顔で走って近寄ってくる子もいれば、距離を置いてじっとみている子、馬が来た時点で逃げていく子も。ある会場では、なかなか馬に近寄ろうとしない子どもが最終的には自分から「紐を引っ張ってみたい」と馬を連れて散歩するまでになり、母親から「家に帰ってからも馬の話ばかりしています」と連絡が届くほどだったとか。

 宜長さんは、「馬は自分より目線の低い子どもに対して、めったに危害を加えません。馬を気づかい、思いやりをもって接すれば、馬は首を下げてリラックスした状態で子どもに顔を寄せる。すると、子どもも段々と心を開いていくんです」と馬の性質を心得ながら、子どもがふれあう様子を見守っています。

 馬は、人との距離感の取り方が絶妙で、子どもも馬との関係を通して学んでいけるといいます。「子どもが馬を独り占めしたくなっても、馬はそうさせてくれない。そこで子どもは接し方を工夫したり、馬を理解しようとしたりする。『たてがみをなでると喜ぶぞ』などと言いながら。その中で、協調や思いやりといった、人間関係の上でも必要となる接し方を学習しているように見える」と宜長さんは話します。

 

もともと馬に興味がなかった人も、牧場や馬との関わりをきっかけに
ボランティアとして駆けつけるように。

 

子どもだけでなく、家族の心にも働きかける 

 保護者にとっても「子どもが馬に餌をやることができた」「厩舎の掃除が上手にできた」など、子どもの成長や可能性を感じられる機会になっています。また、普段あまり表に出ない家族が参加するきっかけになることも。子どもと一緒に来た家族が、馬に触れながらスタッフと話すことも気分転換につながっているようです。「そういう意味では、子どもを中心とした家族やコミュニティ内外の共通の話題づくりや関係性の構築につながると考えています。活動の対象は子どもだけど、心に働きかける対象は家族にも及んでいると思うんです」と聖子さん。

 「いろいろな悩みを抱えたときに、馬との関わりの中での学びが生き方のヒントになれば」と考える聖子さん。「馬としばらく過ごすと、協調する意識が芽ばえ、人間関係の中でも使ってみようとする子どもが出てくる。それがうれしいし、活動の意味があるのだろうと思う。だから、『しんどくなったらおいで』と言える場所になりたい」と宜長さん。

 今後はイベントの開催に加え、新しい取り組みも。「馬の精神科医と呼ばれるホースクリニシャンなど外部講師を交えた勉強会により、馬の心理状態を考えたコミュニケーションの取り方などを説明する機会を設け、地元の人に活動への理解を深めていってもらいたい」と考えています。さらに、「馬との暮らし、牧場にある様々なことを通して得られる気づきは、人が社会で生きる力となるということを多くの方と共有していきたい」と、今後はより専門性のある関わりを通して子どもや周囲の人の心の落ち着きを得られる場となりたいと願っています。

(2014年4月インタビュー実施)